タルタロス・ドリーム デス編3


プリンスは何とか選択授業の教室に間に合い、怪盗学を受ける。
やはりこの授業だけは面白く、午後もあっという間に過ぎた。
放課後は特にすることもないので、さっさと帰ろうとする。
そこで、待ち合わせたわけでもないのに、下駄箱でデスに出会った。

「なあ、へっぽこ、お前SISTERに興味ねえか?」
「俺、弟はいても妹はいないぞ」
「ちげーよ、これだよ!」
デスは、プリンスの目の前に騎士が描かれたカードを差し出す。
見覚えのあるような絵柄に、プリンスはポケットを探った。


「SISTERって、もしかしてこれか?」
プリンスは、今朝敵を倒したときに拾ったカードを見せる。
「それだよそれ!興味あんなら話が早い、SISTER研究会に入ってくれよ!」
「これがお前の言ってた、どマイナーなカードゲームだとすると・・・研究会なんてあるのか?」
「喜べ、お前が部員1号だ!」
やはり誰もいないのかと、プリンスは苦笑する。
同時に、放課後一人残ってカードと向き合うデスを想像すると、少し同情した。
けれど、部活動なんて面倒くさそうで、返事に悩む。

「もしお前がSISTERでオレに勝てたら、へっぽこって呼ぶのを止めてやるよ」
「入部する」
プリンスは即答した。


デスは、すぐにプリンスを部室へ連れて行った。
仲間ができてよほど嬉しいのだろうか、デスの頬は緩んでいる。
部室が決まっているわけではないようで、適当な空き教室に入った。

「研究会に入ったって言っても、俺カード一枚しか持ってないぞ」
「ダブってるやつ半分分けてやるよ、ありがたく思え」
デスは上から目線で、プリンスにカードの束を渡す。
気に食わない態度だったけれど、あだ名を変えるためだとプリンスは堪えた。

数十枚のカードを受け取り、絵柄を見る。
マイナーというからには粗悪な物が多いかと思いきや、案外緻密に描かれていた。
「結構まともじゃないか。これなら、他に集めてる奴がいてもおかしくなさそうだけど」
「まあ、手に入れる方法が魔物を倒すしかないからな」
どマイナーな理由はそれかと、プリンスは納得する。
登校時や下校時によく出現する魔物の相手をする生徒なんて、自分とデス以外いないだろう。
微々たる小銭やよくわからない物を落とすから、いちいち相手をしていたけれど
普通の生徒は、小銭にも奇妙な物にも興味を示さなかった。




それから、プリンスはデスに大雑把なルールを教わり、勝負する。
いつも一人で研究していたデスには、とうてい敵わない。
それだからか、遊びのつもりがいつの間にか本気になっていて、気付けば時間を忘れていた。

「ははっ、オレに勝てなきゃお前はずっとへっぽこだぜ」
「入部したての初心者に勝っていい気になるなよ!
魔物を倒せばカードを落とすんだ、今に目にもの見せてやるからな!」
プリンスが乗り気になったのを見て、デスの頬が緩む。
そのときの笑顔は無邪気な子供にしか見えなくて、プリンスもつられて笑っていた。


プリンスは、毎日カード集めに励みに励んだ。
遅刻するのもお構いなく、出会う魔物全てと戦っていく。
おかげでデスからもらった以外のカードもだいぶ集まり、自分のデッキも組めるようになった。
そして、放課後はSISTER研究会でデスと対戦し続ける。
そして、今日、とうとうデスに勝つことができた。

「やった、やっと勝った!これでもうへっぽこなんて言わせないからな!」
「くっそー、わかった、わかったよ。ちゃんと呼べばいいんだろ」
デスはふてくされているようでも、案外楽しそうにしている。
プリンス自身も、放課後にデスとわいわいやるのは楽しくて
あだ名を変えさせるためというよりは、ただ一緒にカードゲームをしたいと思うようになっていた。

「まさか、オレに勝つまでになるなんてな。どれだけ魔物倒したんだよ」
「おかげで何日遅刻したかわかんないな。でも、案外はまった」
仲間が増えてよほど嬉しいのか、デスは笑顔を隠せない。

「お前が入部してくれてよかったよ。・・・ありがとな、プリンス」
「なっ、何改まってんだよ、デスらしくない」
久々に名前を呼ばれて、プリンスは一瞬どきりとする。
けれど、そんなのは気のせいだと、すぐに打ち消した。


「・・・一応、デスは練習に付き合ってくれたし、俺からも何かするよ」
「えっ、いいのか?」
デスは、とたんに目を輝かせる。
いつも虚勢を張っている相手の、素直な表情が見られる瞬間が、プリンスは好きだった。

「じゃあ、夏休み中、オレが誘ったらたいてい付き合え!遊びまくるぜ!」
「はは、いいぜ。家でごろごろしてるより、デスといるほうが楽しいもんな」
自然な本音が出て、プリンスは微笑む。
いつの間にか、デスが嬉しそうにしていることが、嬉しく思うようになっていた。




学園生活はあっという間に過ぎ、待ちに待った夏休みになる。
プリンスは、初日からデスに誘われていた。
いつものゲームセンターではなく、墓場に。
待ち合わせ場所に着き、デスと合流する。
まだ中へ入っていないのに、尻尾は今から小刻みに震えていた。

「お前さ・・・怖いんなら止めた方がいいんじゃないのか?」
「こ、ここまで来てすごすご帰れるか!夏と言えばやっぱきもだめしだろ!」
中に入れば泣き出すんじゃないかと、プリンスは心配になる。
「あっ!デスの後ろに生首が!」
「ぎゃあああああああああ!」
プリンスが精一杯驚いた演技をしてみせると、デスは絶叫してプリンスに飛びついた。

「お、おい、離れろよ!嘘だって!」
「なまくびいいいいいいい!」
完全に怯えきって、デスは聞く耳持たない。
びびりをからかうもんじゃないと、プリンスはデスの背に腕を回した。
落ち着かせるように、子供をあやすような感じで軽く叩く。
そうしていると、だんだんとデスの震えがおさまってきた。


「悪かったって、もう生首なんていないから」
「だ、騙したのかよ、このへっぽ・・・プリンス!」
デスはプリンスからさっと離れ、あからさまにうろたえる。
「はははっ、なあ、もう帰ろうぜ」
「な、なんだ、お前もびびってんのか、ここまで来て引き下がれな・・・」
デスが墓場の方へ向き直ったところで、プリンスが目を丸くする。
墓場の上には、無数の人魂が、ふよふよと漂っていた。

「お、おい、やばいって、早く・・・」
呼びかけたところで、デスが仰向けに倒れる。
恐怖のあまり叫ぶ余裕もなかったようで、完全に気を失っていた。
「あーもう、こいつは!」
プリンスは渾身の力でデスの肩を支え、そのまま引きずって墓場から離れる。
火事場の馬鹿力というやつか、重さなんてほとんど気にならなかった。


デスを引きずったまま、プリンスは自分の家に着く。
デスの家に置いてきてもよかったけれど、とにかく安全な場所を考えていたら、自然と足が向いていた。
ベッドに座らせたところで、ちょうどデスが目を覚ます。
「う・・・ひ、人魂・・・」
「デス、ここはもう墓場じゃないぞ」
プリンスの呼びかけに、デスはきょろきょろと辺りを見回す。
そこがプリンスの家だと気付くと、一気に脱力した。

「な、何だ・・・オレ、無意識の内にテレポートでも覚えたのか」
「オレが運んできたんだよ!」
「ぐ・・・わ、悪かったな、へ・・・プリンス」
素直に謝られると、プリンスは背筋がむずがゆくなる。

「そ、それよりSISTERしようぜ!もう負けねえからな!」
「お前、墓場にまで持ってきてたのかよ」
「もちろん、オレの一番大切なモンだからな!」
一番大切なもの、と聞いてプリンスの眉がぴくりと動く。
デスの発言に、決して手加減はしまいと、なぜだかそんな気分になっていた。
しばらくはSISTERで盛り上がっていたが、お互い瞼が重たくなってくる。
気力がなくなり、最後の対戦が終わるとカードをしまった。

「デス、そろそろ時間やばいんじゃないのか」
「まあ、そうだけどよ・・・」
デスはちらと時計を見たが、まごついている。
一向に出て行く気配がなく、プリンスは察した。


「・・・泊まっていくか?弟は友達の家に行ってるし」
「泊まる!」
救いを見つけたように、デスの表情が明るくなる。
たぶん、帰り道が怖かったんだろうと、すぐに予測できていた。
カードを片付け、夕食代わりのお菓子を食べ、シャワーで冷や汗を洗い流す。
後は寝るだけになったけれど、デスは相変わらずプリンスの部屋から出ようとしない。
デスがどうしたがっているのか察したとき、プリンスは呆れつつも、まんざらでもなかった。

「弟の部屋を使ってくれって言いたいとこだけど、勝手に入るなって言われてるし・・・
仕方ないから、ここで寝るか」
「ふ、ふん、仕方ねえな、狭苦しいベッドでも我慢してやるよ」
悪態をつきながらも、デスはいそいそとベッドに寝転がる。
プリンスが隣に並ぶと、お互いの腕が当たるほど幅がぎりぎりだった。

「お、おい、あんまりひっつくなよ」
「仕方ないだろ、これでもぎりぎりなんだから」
おそらく、一回寝返りを打てば落ちてしまう位置だ。
プリンスは、仕方なくデスと腕を触れさせる。
狭いことは狭かったけれど、二人分の体温は温かくて、特に嫌ではなかった。


「何だか、ちょっとわくわくするな。オレ、だれかの家に泊まるなんて初めてだからよ」
「・・・オレも、家に泊めた上に、しかも一緒にベッドインするなんて初めてだ」
「へ、変な言い方するんじゃねえよ!」
案外純情なのか、デスは顔を赤くする。
これはいいからかいの手口を見つけたと、プリンスはほくそ笑んだ。

「まさか、初夜を共にする相手がお前だなんて、思いもしなかったな」
「だ、だから、誤解を招くようなこと言うんじゃねー!も、もう寝るからな!」
デスは壁の方を向き、顔を隠す。
照れている様子を見て、プリンスは頬を緩ませていた。


デスは寝つきがいいのか、ほどなくして寝息が聞こえてくる。
壁の方を向いていたが、腕がしびれたのか仰向けに寝返りをうった。
「あんだけびびってたくせに、今は幸せそうな顔してら」
プリンスは体を起こし、デスの顔をまじまじと見下ろす。
静かにしているところなんて見たことがなく、珍しくて凝視していた。

大人しくしていればかわいらしいものだと、プリンスはデスの頬を指先でつっついてみる。
思いの外柔らかくて、何度も触っていた。
「う、ん・・・」
気付いたのか、デスが小さく呻く。
プリンスが手を止めると、デスは指の方へ顔を向け、その指をぱくりとくわえた。

「いっ・・・」
予想外のことに、プリンスは怯む。
何か食べている夢でも見ているのか、デスはその指を舐めていた。
「お、おい、デス・・・」
呼びかけても、デスは指を舐めるだけで目を覚ます気配はない。
このさい、少し悪戯してやろうかと、プリンスはデスの口にもう一本指を入れた。

「は・・・ふ」
デスは吐息をつき、指を唇で食む。
プリンスが指を動かして舌を弄ると、応えるように絡まってきた。
指を舐められるなんて経験がないからか、プリンスはどぎまぎする。
まるで、デスとロッカーの中にいたときのような緊張感がある。
デスの舌が動くたびに、緊張感が増して、変な感覚を覚えて
このままではいけない気がして、プリンスは何とか口から指を引き抜いた。


二本の指はしっとりと濡れていて、わずかな糸を引いている。
プリンスは、なぜかそれから目が離せなくて
無意識の内に、指を自分の口元へ持っていっていた。
デスに舐められた指先に、軽く舌で触れる。
夕飯代わりにチョコレートを食べたからか、ほんのりと甘い気がした。

「うーん・・・」
デスがまた寝返りを打ち、壁の方を向く。
そこでプリンスは我に返り、はっと手を引いた。
相手の唾液を舐めるなんて、どうかしている。
きっと、肝試しに連れて行かれて疲れたし、もう眠いから頭が働いていなかったんだろう。
そう結論付けて、指を適当に拭ってプリンスも寝転んだ。

背中合わせになるとベッドから落ちかねないので、仰向けになる。
すると、またデスが寝返りを打ち、腕にしがみついてきた。
「おい・・・ったく、寝相の悪い奴だな」
何だかんだ言いつつも、プリンスはデスを振り払おうとはしない。
目を閉じると、すぐに睡魔がやってくる。
それは、すぐ傍でデスの温かみを感じているからかもしれなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
デスとのいちゃつきヒートアップ、5話目でいかがわしくなって終了する予定です。